凸凹(でこぼこ)な毎日。

あせくせ働く。

大学入試で「経済学」―労働は美徳ではない。あるのは「差異」のみ―

大学入試の現代文は教養の宝庫。

そろそろ受験生は大学入試に向けてラストスパートをかける時期になってきました。少し受験生の勉強をみる機会があったので、5、6年ぶりに大学入試の過去問をみてみると、これがなかなかおもしろい。

ただ大学入試は社会人はもとより学生にとっても合格してしまうとそれっきりではないかと思います。おそらく学校の先生だとか塾講師にならない限り縁のないものになるでしょう。

しかしこれはもったいない。大学入試には大学から高校生に向けて「大学に入る前にこれくらいは知っておいてほしい、考える力をもっていてほしい」という気持ちが溢れているので、学問における「教養」の部分を有名な作家、評論家、先生方の名著が中心に出題しているというわけです。

難しくて、長い学問的な話は嫌だ。でも少しは教養を深めておきたい。そんな方に大学入試はもってこいですね。高校生でもわかる短い文章で、有名な人々の重要な話を読むことができちゃうわけです。

では実際に読んでみます。

センター試験過去問研究 国語 (2014年版 センター赤本シリーズ)

センター試験過去問研究 国語 (2014年版 センター赤本シリーズ)

 

 センター試験過去問であれば、1000円以内で買えてしまうので、とてもリーズナブルです。

今回は「2010年度/本試*1/第1問」から岩井克人先生の『資本主義と『人間』』を読んでみましょう。

「経済学」はヴェニスの商人を抹殺することから始まった。

岩井先生によれば、ヴェニスの商人は「商業資本主義」の体現者であります。

ヴェニスの商人が体現している商業資本主義とは、地理的にはなれた二つの国のあいだの価格の差異を媒介して利潤を生み出す方法である。

岩井先生はシェイクスピアの「ヴェニスの商人」を引き合いに出しながら説明しているのですが、ここで言いたいことは要するに「安く買える国で商品を買って、高く売れる国で商品を売れば儲けることができる」です。

しかし、このことを抹殺することから経済学が始まったというのです。

アダム・スミスの言葉をもとに次のように述べています。

スミスは、一国の富の真の創造者を、遠隔地との価格の差異を媒介して利潤をかせぐ商業資本的活動にではなく、勃興しつつある産業資本主義のもとで汗水たらして労働する人間に見いだしたのである。

これまでは、ヴェニスの商人のように差額で利益を得ていたけれど、スミスは、利益の源を「人間の労働」に見いだします。

岩井先生はこれを「産業資本主義」と言っています。

ここまでをまとめると、

  • 「商業資本主義」は国家間の価格の差異によって利潤を生み出す。
  • 「産業資本主義」は人間の労働によって利潤を生み出す。
  • 経済学は「商業資本主義」を否定することから始まり、「産業資本主義」を中心に展開された。

マルクスらは労働価値説を定説化するが、しかし・・・。

経済学の中心は「人間の労働」でした。マルクスらに関して、

労働者が生産するこの余剰価値―それが、かれらが見いだした産業資本主義における利潤の源泉なのであった。

と書いてあるように、利潤は資本家によって搾取されてしまうものの源泉は常に「人間」にありました。

しかし、ここに落とし穴があったというのが重要なポイント。

産業資本主義―それも、実は、ひとつの遠隔地貿易によって成立している経済機構であったのである。

つまり、「産業資本主義」も実は「商業資本主義」同様に価格の差異によって利潤を生みだしていたというのです。詳しく見ていきましょう。

産業資本主義の時代は、農村において過剰な人口が存在したことによって、都市の工場労働者の生産性が上昇しても彼らが受け取る賃金を低く抑えることができました。

それゆえ、都市の産業資本家は、都市にいながらにして、あたかも遠隔地交易に従事している商業資本家のように、労働生産性実質賃金率という二つの異なった価値体系の差異を媒介できるようになる。

 利潤は「差異」によって生まれることは「産業資本主義」においても同じなのでした。

ただ、どうして「人間の労働」を源泉と見誤ってしまったのかというと、その「差異」があまりにも安定していたことにあります。

つまり、農村における過剰な人口が膨大すぎて、常に都市部に供給し続けることができたということです。これによって、多くの人が錯覚をおこしてしまいました。

ここまで、まとめてみると、

  • 実は「産業資本主義」は国内の農村、都市間の差異で利潤を生み出すものだった。
  • 農村の過剰人口によって常に都市へ人口が供給されたため、差異が安定してしまった。
  • そのため、多くの人が「人間の労働」が利益の源泉だと勘違いした。

ヴェニスの商人」はどうなったのか。「産業資本主義」の時代のその後。

岩井先生によれば、現在は「ポスト産業資本主義」の時代だそうです。

技術、通信、文化、広告、教育、娯楽といったいわば情報そのものを商品化する新たな資本主義の形態であるという。

 これは、機械製品や化学製品といったものではなくて、物理的にないようなものを商品として扱うということです。なぜそういうことになったかというと、

 あたえられた差異を媒介するのではなく、媒介すべき差異を意志的に創りだしていかなければ利潤が生み出せなくなってきたのである。

 とあるように、いまや「ある」差異ではなく、「つくる」差異で儲けなければならないようです。

 最後にこれまでの内容をまとめると、

  • 「商業資本主義」は国家間の価格の差異によって利潤を生み出す。
  • 「産業資本主義」は国内の農村、都市間の差異で利潤を生み出す。
  • 「ポスト産業資本主義」は情報そのものを商品として扱い、差異をつくることによって利潤を生み出す。

働くことは美徳のように言われますが、そこにあるのはただ「差異」のみであると言うことができるのではないかと思います。

 

*1:センター試験には、本試と追試のふたつがあります。